2019年4月28日

橋本駅(JR横浜線)--橋本の棒杭跡--(国道16号)--新道坂--塚場交差点--塚場の夜泣き地蔵-稲荷社・庚申塔・出羽三山供養塔など--九尺橋(鳩川)--葛輪交差点--県道63号--白雨台交差点--あか坂--久保沢道(当麻街道)--石神社・塚場の庚申塔--庚申塔・聖徳太子塔--しろ坂--水郷田名説明板--久所の渡し碑・鮎供養塔-高田橋(相模川)・水郷田名碑・鮎供養塔--(愛川町)-小沢渡船場跡-小沢橋(小沢川)--地蔵--小沢坂--馬頭観音-小沢坂上交差点-大塚地蔵尊--大山街道標柱・大山道標--日吉神社--一本松交差点--旧相模陸軍飛行場の正門門柱--半縄バス停・辻の石仏群--旧相模陸軍飛行場の排水路橋--坂本坂--(厚木市)--八王子道(当麻経由合流地点)-才戸の渡し跡・才戸橋(中津川)--才戸の渡標柱・道標--才戸坂--才戸橋バス停→本厚木駅

   【ル-ト地図

 橋本の棒杭跡からあか坂、しろ坂を下って水郷田名に出て、久所の渡し跡の相模川を渡る。急な小沢坂を上って愛川町を進み、坂本坂を下って厚木市に入り、才戸の渡し跡の中津川を渡って才戸坂まで進んだ。
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橋本の棒杭跡 【ル-ト地図】の73
ここに橋本の棒杭と呼ばれていた大山不動道標(安政2年(1855))があった。
道標には正面に右大山みち」、右側面に「北八王子道」、
左側面に「南あつぎ道」と刻まれていて、今は南側の住宅の一角に移されている。
(『大山街道(八王子道(当麻経由))』の最初に写真を記載した。)
この地域は「ボウグイ」と呼ばれ小字としても親しまれていた。
大山道はここで田名方面(右)と当麻方面(左)に分かれる。田名方向に向かう。
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新道(しんどう)坂を下る。改修され新しくなった坂。 【ル-ト地図】の74
改修以前は細く急な坂で、祭りの神輿が上りきれず苦労したという。
このあたりは『相模原市の坂③』で歩いている。
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塚場の夜泣き地蔵
地蔵さんが夜泣きをするのではない。
子どもの成長と幸せを 祈った子育て地蔵のひとつで、昔は夜泣きする子が多く、
家人が困ってお地蔵さまに夜泣きが 治りますように願を掛け日参すると、
ご利益があり自然に治ったそうだ。そのお礼として、
子どもが好む色ものの前垂れを奉納したという。
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塚場の庚申塔(安永4年(1775))
もとはここの北方350mほどの街道沿いにあった。
北条勢と武田勢の三増峠(みませとうげ)の合戦の時、
この付近でも小さな合戦があり、討ち死にした侍を村人が葬ったとの伝説もある。
塚場の由来だろう。
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九尺橋から鳩川(下流方向)
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あか(赤)坂を下る。【ル-ト地図】の75
むかしは赤土の露出したツルツル滑る坂道だった。
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左に久保沢道(当麻道)に入り、石神社に向かう。
南東の当麻山無量光寺への道でもある。
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「久保沢道標柱」(田名四ツ谷自治会館前)
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石神(いしがみ)社
境内に大山道標(下の写真)・地神塔・秋葉山塔・庚申塔・六地蔵石憧・
二十三夜供養塔・三ケ所橋供養塔などが保存されている。
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大山道標(文政3年(1820))
正面「是方 大山道」・右側面「是方 ほしのや たいま あつぎ  道」
 左側面「是方 津久井 くぼさは 道」・ 裏面「是方 八王子みち」、だそうだ。
星の谷(観音)・当麻・厚木・久保沢だろう。

しろ坂の手前の右側に庚申塔・聖徳太子塔などが集められている。
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しろ坂を下って水郷田名へ 【ル-ト地図】の76
明治から昭和にかけての幾度の改修工事の際に白っぽい岩盤が露出したことによる。
坂上に横山党田名氏の館があり、「城坂」であったともいわれる。『さがみはらの地名』
北方の堀之内交差点は田名氏の館に由来する?
あか坂・しろ坂、紅白で取り合わせが目出度いか。
このあたりには昔話「火の坂たぬき」の「火の坂」もある。『相模原市の坂②

この先、かなり西方向に大回りして相模川に出た。
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小沢頭首工(相模川)
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水郷田名の相模川
好天で連休中で、川沿いは家族連れで賑わっている。
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久所の渡し碑・鮎供養塔
対岸の小沢(こさわ)の渡しとを結ぶ渡し場で、 おもに大山参りの人々がよく利用した。
そのため久所はその宿場として賑わった。
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高田橋から相模川(上流方向)
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対岸の小沢渡船場(高田橋を渡った少し下流側)

愛川町に入った。
小さな小沢川(小沢橋)を渡る。
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地蔵と道標?
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小沢坂の旧道を上る。かなりの急坂で息が切れる。 【ル-ト地図】の77
現在の小沢坂は西側の県道63号で、そこから小沢城址に上る城坂もある。
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坂上の馬頭観音4基(左の壁の中)
大正、昭和の新しい物が3基?
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大塚地蔵尊 【ル-ト地図】の78
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大山道標柱・大山道標(大塚地蔵の隣)
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道標「ひがしゑちみち みなみ大山道
 にし みませ道 きた 八王子みち」
(ゑち→依知、みませ→三増)
この先は道がはっきりせず、適当に(いい加減に)歩いた。
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大山が見える。
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日吉神社
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旧相模陸軍飛行場の正門門柱
飛行場の跡地は内陸工業団地になっている。
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辻の石仏群
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これが説明板の「不動明王像兼道標」だろうか?
不動明王のようには見えないが。
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旧相模陸軍飛行場の排水路橋(坂本坂の坂上)
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坂本坂の旧道を下る。 【ル-ト地図】の79
愛川町には名前のついた坂が多くある。『史跡地名標柱一覧
「坂道散歩」でじっくりと訪れねばなるまい。《地図》(一部)

才戸橋の手前で厚木市に入る。2008年と2010年に『厚木市の坂』①~⑧で
随分と歩いたが(98坂)、まだ未踏破の坂(40坂ほど)がかなり残っている。
愛川町の坂と一緒に再挑戦したいが、なにせ我が家からのアクセスが面倒で遠い。
新幹線で名古屋へ行く方が楽だ。

厚木市に入り、才戸橋の手前で当麻経由の八王子道と合流して才戸橋を渡る。
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才戸橋を渡る。依然として大山は遥かなり。
才戸という地名はサイトバライ(道祖神が立っている所を「サイト」または「サイトバ」
といい、ここを祓うからサイトバライ)から由来する。
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中津川(上流方向)
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旧才戸橋親柱
「才戸の渡し標柱」(右奥)には「北は武蔵国八王子から南は大住郡矢名村(現秦野市)を
つなぐ矢名街道で、この道には上依知(当麻の渡し)とここの二ヶ所に 渡しがあり、
江戸時代には武蔵国からの相州大山参詣道 として大変なにぎわいをみせた」
大山道標(寛政12年(1800))には、「西大山道」・「南あつぎ道」・「東八王子道」
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才戸坂を上って才戸橋バス停から本厚木駅に向かった。【ル-ト地図】の80

「八王子道①」・「八王子道③」    

坂道散歩