2019年03月

2019年3月27日

椎柴駅(JR成田線)--旧道--野尻町交差点・国道356号--神明宮--地蔵院--飯沼観世音二里道標-船木農協バス停--西宮大神・蛭児神社--旧道--国道--旧道--(高田川)-余山貝塚-馬頭観音-三嶋神社--国道--猿田彦祠--厳島神社-海上八幡宮・柴崎町交差点・旧道--阿弥陀院・長者屋敷跡碑--松岸町北交差点-松崎遊郭跡・松崎河岸跡あたり--飯沼観世音一里道標・長塚神明社--八幡橋(八幡川)--松崎稲荷社--稲荷社--(国道124号)・(清水川)--若宮八幡神社--東岸寺--(銚子駅前通り)--寶満寺跡--白幡神社-山十商店--(滑川)--ココロード銚子通り--銚子漁港--国木田独歩生誕地碑--飯沼観音・銚港神社(銚子街道終点)--新生仲通り-清明稲荷--陣屋町公園(高崎藩陣屋跡)--水神宮-仲ノ町駅(銚子電鉄)--ヤマサ醤油工場--銚子駅(JR成田線)

      【ル-ト地図
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神明宮 《地図
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宮城家(高田河岸の廻船問屋)のレンガ塀
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土蔵(宮城家の先)
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飯沼観世音二里道標(右)
(船木農協・高速高田バス停の所) 《地図
もとの天明3年(1783)の道標を平成9年に再建(台座の「再建の記」による)
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西宮大神・蛭児神社
西宮神社からの分祀社か。

国道から右へ短い旧道が2回分れて国道に合流する。

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高田川(上流方向)・左の微高地が余山貝塚表示板) 《地図

三嶋神社の手前にに剥げかけた馬頭観音が3基立っている。
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三嶋神社
この先で国道に戻る。
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猿田彦社(国道から少し右に入った所)
優しそうな顔の猿田彦石像が祀られている。
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厳島神社 《地図
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海上八幡宮
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阿弥陀院 《地図
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史蹟長者屋敷之跡碑(阿弥陀院境内)
長者の娘と安倍晴明伝説地
落語『天神山

松岸町北交差点から松岸河岸跡(利根川)の間の通りあたりが、
松岸遊郭」街跡というがその面影は全くない。《地図

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金井塗装店
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飯沼観世音一里道標(左)・長塚神明社 《地図
あと4kmほどで銚子街道の終点でやれやれだが、ちょっと寂しい気もする。
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左折して漁港へ寄ってみた。

八幡川を八幡橋で渡って行く。
稲荷社を2つ通り過ぎて行く。

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松崎稲荷社 《地図
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稲荷社

街道沿いの左側に黒塗りの木造家がある。
街道は国道124号・清水川を横切る。
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正面は銚子大橋
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若宮八幡神社 《地図
祭神は応神天皇、神功皇后、宗像三神
天正3年(1575)の創建、例祭は7月最終日曜日

街道は銚子駅前交差点から枡形に進んで行く。
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寶満寺跡の石柱(右) 《地図
寶満寺銚子空襲で焼けて移転した。《地図
異国の女性クリスチャンが描いた「天井画
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白幡神社
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「ひ志お」の山十商店 《地図
土産に何か買おうと思っていたのだが、うっかり?忘れた。
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ココロード銚子の通り
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銚子漁港
日本三大漁港の一つで、年間水揚量では全国1位。
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国木田独歩生誕地碑
銚子生まれとは知らなかった。
銚子電鉄の海鹿島駅近くにも「国木田独歩の碑」が立っているそうだ。
玉川上水」には独歩橋があり、上水沿いには文学碑、詩碑が立っている。
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飯沼観音
日光街道①→日光街道②→水戸街道成田街道
佐原・香取街道銚子街道と、ここまで繋がったことになる。
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本堂
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五重塔
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水準石「説明板」(境内)
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銚港神社
養老年間(717~23)の創建と伝え、古くは龍蔵権現と呼ばれていた。
銚子発祥の祖神として歴代領主の信仰が篤かったという。
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新生仲通り
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明稲荷 《地図
安倍晴明ゆかりの社と思ったが、由来などは分からない。
晴明の母は信太の森の白狐葛葉姫で、
稲荷大明神(宇迦之御魂神)の第一の神使だ。
ここでは使い姫ではなく、祭神として祀られているのかも。

大漁祈願の土地の漁師達の信仰が篤かったという。
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陣屋町公園 《地図
説明板①」・「説明板②」・「説明板③」
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渡辺崋山田原街道②』の画いた高崎藩の陣屋付近の絵「説明板
正面が陣屋の門
銚子は高崎藩の飛地だった。
旧陣屋跡碑」の土台は陣屋の堀割に使われていた石。

仲ノ町駅の手前の線路沿いに小さな水神宮がある。
祭神は女神の水波能売命
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仲ノ町駅(銚子電気鉄道
電車は引込線で待機中の車両
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ヤマサ醤油工場のレンガ塀
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銚子駅

坂道散歩

2019年3月25日


笹川駅(JR成田線)--県道356号--諏訪神社--延命寺--八坂神社①-笹川橋(柿沼川)--東庄町食肉センター--国道356号--(飯沼観世音五里道標)--菰敷青年館--八坂神社②--八坂神社③--秀蔵院--旧道--利根川大橋入口交差点・国道356号--星宮神社-石出交差点--東泉寺--稲生神社--旧道--庚申塔--東今泉街道踏切(JR成田線)--(銚子市)-飯沼観世音四里道標--東大社道標・みゆき坂--弁天橋(佐原川)--八反町踏切(JR成田線)--菅原大神社--八反町踏切--笹本町交差点-大坂(県道74号)-馬乗り馬頭観音--地蔵観音院--文殊院東福寺--飯沼観世音三里道標--第三佐原銚子街道踏切--境橋(忍川)--?社--地蔵祠--神逢塚--正等院-東光寺--大杉神社--長屋門--八坂神社④--新宮神社--椎柴駅(JR成田線)

       【ル-ト地図】(笹川駅~椎柴駅) 
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諏訪神社「説明板」 《地図
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神楽殿「説明板
笹川の神楽」は今年は4月5日、6日に開催。
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秋の大祭の奉納相撲の土俵
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須賀山城下の大木戸の礎石(想定)「説明板
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天保水滸伝遺品館(諏訪神社境内)
今日は休館日だった。
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天保水滸伝」抗争図「説明板
江戸時代末期は、幕府の直轄地や大名・旗本の小規模領地が、
複雑に入り組んだ相給地だった。
博徒が横行して「天保水滸伝」のような抗争が発生した背景には、
利根川筋の商業繁栄による経済力と、広域な警察権が行使しにくい、
小領地の錯綜があったと考えられている。
『講談 神田松鯉「天保水滸伝 笹川の花会」』【YouTube】
『ちば見聞録』「天保水滸伝の真相~笹川繁蔵と飯岡助五郎」
(2016.4.30放送)【チバテレ公式】【YouTube】  
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諏訪神社隣の旧家
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延命寺「説明板
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天保水滸伝発祥之地碑
笹川繁蔵之碑(中)・平手造酒(右)・勢力富五郎(左)
中央のサイコロは笹川繁蔵の勝負石

笹川橋の手前に八坂神社①がある。
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笹川橋から柿沼川(河口の利根川方向) 《地図
飯岡勢はこの河口の西側の笹川港から上陸したようだ。

東庄町食肉センターに畜魂碑が立っていた。
国道356号に出る。
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右は天保10年(1839)、左は安政4年(1857)(菰敷青年館敷地内) 《地図
左は子どもを抱いている。顔の彫り方が似ているように見える?
ここの手前に「飯沼観世音五里道標」があるのだが見落とした。

この先左側に八坂神社②がある。
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八坂神社③ 《地図

秀蔵院の先で左に旧道に入る。
利根川大橋入口交差点で国道に戻る。国道沿いの旧家
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星宮神社 《地図
後ろは石出小学校
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石出交差点
左のブロック塀の上に、平忠常の居城跡ともいう「大友城址」の方向表示板が乗っている。
東大社の参道入口でもあり、2kmほどで同社に至る。
左へ行けば利根川の「石出の渡し」跡で、かつては案内道標が立っていたそうだ。
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東泉寺「説明板

稲生神社の先で右に旧道に入ると庚申塔が4基並んでいる。
その先で東今泉街道踏切を渡る。《地図
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ここは銚子市との境あたりで、右の標識の下に
「飯沼観世音四里道標」が立っている。
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飯沼観世音四里道標
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左手にはJR成田線が走っている。
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東大社参道道標(昭和27年)が立ち、右(西)にみゆき坂が上っている。
道標の向かって右側面に「みゆき坂」とある。
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みゆき坂を少し上ってみた。 《地図》?
東大社へはけっこう距離がある。

弁天橋(佐原川)を渡り、街道から分かれて八反町踏切を渡って菅原大神社に寄る。
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昔風の店舗
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菅原大神社説明板」 《地図
「子産石」の子宝神社で女性の信仰が篤い。

街道に戻って笹本町交差点から右に大坂を途中まで上る。
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大坂(坂上方向) 《地図
この道は旭市・八日市場市等に通じ、その地方の産物を笹本河岸に集めていて、
利根川水運華やかなりし頃は、かなりの賑わいを見せていたという。
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左に庚申塔が4基
右の2つは馬乗り馬頭観音
右端は文化6年(1809)、右から2番目は天保6年(1635)の造立。
前回(銚子街道②)の浄福寺の馬乗り馬頭観音は、
馬がはっきりと彫られている。
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大坂を下って街道に戻る。
正面に利根川が見える。
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左下に茅葺の民家


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文殊院東福寺
由緒などは分からず。
文殊院といえば安倍晴明の安倍文殊院を思い出すが。
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飯沼観世音三里道標(富川町バス停の手前右) 《地図

第三佐原銚子街道踏切を渡って行く。
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境橋から忍川を渡り忍町に入る。 《地図
小さな滝のよう?
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美味そうな黒牛たちが寝そべってこっちを見ている。
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地蔵と右は板碑のような祠
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神逢塚(椎柴小学校の先の左上)
左の高台にあって立ち入れないようだ。
東大社・雷神社・豊玉姫神社の三社の神輿が合流する場所で、神逢塚か?
                  塚の上にあるという石祠に玉依姫命・豊玉姫命・天穂日命の三神分霊が祀られているそうだ。
もともとは日本武尊を祀る白鳥神社の石祠だけだったという。

電車の時間が気になるが野尻バス停の所を右折し、正等院から3寺社に寄る。
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東光寺
銚子市指定文化財
銅造阿弥陀如来及び両脇侍立像(善光寺式三尊)」
木造阿弥陀如来立像
十二天画像・真言八祖画像

銚子市天然記念物
マキの群落[
[
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大杉神社
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長屋門(回船問屋「滑藤」の滑川家
天保年間(1830~43)に建てられたという。
主屋と長屋門」は国登録文化財

八坂神社④、新宮神社と駆け足で通り過ぎる。
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新宮神社 《地図
本殿(鳥居の右後方)は何年?か前までは茅葺だった。
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椎柴駅
簡素な駅舎だ。乗降客も少なくこれで十分か。

坂道散歩

2019年3月22日

水郷駅(JR成田線)--国道356号(利根水郷ライン)--旧道--善雄寺--国道356号-「三の分」バス停-旧道--大塚山古墳--(熊野神社)--富田1号墳(小見川北小学校)--(飯沼観世音七里道標)-浄福寺--小祠-諏訪神社-国道356号--小見川大橋入口交差点--実相寺--須賀神社①--善光寺-正福寺--須賀神社②--須賀神社③-内浜公園(佐藤尚中誕生地碑)--鶴嶋製作所--大橋(黒部川)--?社-仲橋--妙剱神社--小見川陣屋跡・大クスノキ(小見川中央小学校)--大橋-新町通り-谷屋呉服店(夢紫美術館)--徳本名号塔-金刀比羅神社--鹿生嶋弁財天-青面金剛庚申塔-国道356号--徳本名号塔--八坂大神社--八坂神社-吉祥院--佐原銚子街道踏切(JR成田線)--飯沼観世音六里道標--(東庄町)--第二佐原銚子街道踏切--笹川駅(JR成田線)

 銚子街道①』の続きです。

      【ル-ト地図】(水郷駅~笹川駅)
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善雄寺説明板
木造阿弥陀如来坐像」(千葉県指定文化財)
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大塚山古墳説明板」 《地図
後円部上から前方部方向
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前方部から後円部
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重厚な旧家の門
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熊野神社参道は国道に面している。ここから遥拝で済ます。
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富田1号墳(全長約38mの前方後円墳)
小見川北小学校の校庭にある。
外から遠望して写真を撮ったらぼやけてしまった。
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小見川城山公園方向 《地図
桜の名所で数日~1週間後には見頃となるか。
小見川は内田氏一万石の小見川藩の城下町であると共に、
利根川水運の河港、宿場町としても栄えた。
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浄福寺「説明板
鬼舞面」(県有形民俗文化財)
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馬乗り馬頭観音
門前の街道沿いに「飯沼観世音七里道標」があるというが見つからず。

諏訪神社の手前に新しい小祠がある。
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諏訪神社
変わった造り?何というのだろう。

国道に出て小見川大橋入口交差点を渡り、少し先の小さな水路沿いに左折する。
黒部川手前の実相寺の前で右折する。
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須賀神社①(右)・不動堂(左) 《地図
須賀神社は近くに3社もある。
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善光寺「説明板
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腹切様之碑「説明板
初代松本幸四郎の墓」もある。
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正福寺
門前の参道はかつては「堂の前」と呼ばれた歓楽街で、
料亭、待合などで賑わったそうだが今は寂れてその面影はない。
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須賀神社②「説明板
毎年7月の「小見川祇園祭
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内浜公園(佐藤尚中誕生地碑)「説明板」 《地図
道路を挟んで西側に須賀神社③がある。
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鶴嶋製作所 《地図
江戸末期からの清酒造りの蔵元だったが、
昭和37年に廃業して機械加工工場として再生した。
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黒部川(大橋から上流方向)
かつては両岸に家屋が密集して、所々に船着場があった。
今もその名残り風情が残る家並みだろう。
小見川陣屋の外濠の一部にもなっていた。
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かつては黒部川の河岸で賑わっていたという通りだが今は寂しい。
通り沿いの小さな社は河岸の守り神だったか。

朱色の仲橋を渡って妙剱神社から小見川陣屋跡に向かう。
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妙剱神社
ここは小見川陣屋の範囲内だった。
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小見川陣屋跡の大クスノキ(小見川中央小学校の校庭)
落雷の被害などでかなり小さくなってしまったそうだ。
先生が申し訳なさそうに話してくれた。
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校門は昭和31年まで陣屋門が使われていたそうだ。
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稲生大神社分社(妙剱神社境内)
小見川陣屋にあった神社

大橋に戻って新町通りに入る。
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谷屋呉服店(夢紫美術館)「説明板」 《地図
新町通りもここだけ頑張っているようだ。
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琴平神社・右は徳本名号塔(文化13年(1816))
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芭蕉句碑の上部「説明板
「時雨るるや 田のあら株の くろむほど」

三叉路の交差点の「鹿生嶋弁財天・柳堰弁天宮
新しい「青面金剛庚申塔」、もとの庚申塔は破損して撤去されたのか? 《地図

八坂大神社」の隣にも「徳本名号塔」が立っている。
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八坂神社 《地図
手前の八坂大神社とは関係あるのか?
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吉祥院
門前の向かって右手に「百万遍供養塔」(安政4年(1857))が立つ。

佐原銚子街道踏切(JR成田線)を渡って行く。
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飯沼観世音六里道標(左の石柱)
歩道がついていない国道歩きはつらい。
しかも緩やかだが長い上り坂が続く。
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すぐ下がJR成田線・田んぼの向こうが黒部川、
その北側が利根川、その向こうが新利根川だが流れは見えない。
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香取市から東庄町に入った。第二佐原銚子街道踏切を渡り、
今日は笹川駅入口交差点までとし、右折し笹川駅に向かった。
いちごが名産とは知らなんだ。
やっぱり笹川繁蔵、飯岡助五郎、平手造酒の「天保水滸伝」だろうよ。
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笹川駅前通りの道路上の看板

坂道散歩

2019年3月18日

取手駅(JR常磐線) バス→もえぎ野台--泉光寺-庚申塔道標--鎌倉街道-八幡宮-王子神社--根本寺--長屋門--大鷲神社--子安神社--庚申塚--北用水樋門--水門橋(新利根川)--蛟蝄神社(奥の宮)--立木貝塚-蛟蝄神社(門の宮)--(岩井城跡)--円明寺--寺下橋(新利根川)-(豊田南用水)--羽中稲荷神社--応順寺--白山神社--栄橋(利根川)--布佐駅(JR成田線)

       【ル-ト地図
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泉光寺仁王門 
木造仁王像」・「木造観世音菩薩立像
ここにたどり着くのに苦労した。
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庚申塔道標(万延元年(1860)・泉光寺参道手前)
向かって左側面に「此方ふかハ道」・右側面に「此方里うかさき道」で、
布川と龍ヶ崎だから方向は合っている。
ここから東に鎌倉街道(跡)に向かう。
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鎌倉街道(右)・八幡宮の鳥居
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八幡宮(右奥の石祠)
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鎌倉街道
下総国府から常陸国府に通じる鎌倉街道(下の道)の一部で、
布川→大平の船着場→奥山、押戸船着場のルートで、
陸路だけでなく、船運をも利用した街道であったと推測される。
利根町の鎌倉街道』の地図の泉光寺の南側の庚申塔から根本寺の手前まで。
距離は短いが往時の鎌倉街道風情が残っていて満足した。
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王子神社(奥の鳥居)
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藤蔓(ふじづる)が蛇のようにくねりながら枝に絡みついている。
左の木は巻き付かれて立ち枯れてしまったのか。
この先は押戸の船着場だったようだが、道は途切れている。
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手前の急坂を下って根本寺の墓地に出た。
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根本寺
木造両界大日如来坐像
利根町でもっとも古い寺の一つというが、建物は新しくて綺麗だ。
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長屋門の旧家
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大鷲神社
県道209号の一本南側の道を進む。
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古く立派な家並みの通りを行く。
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正一位子安神社
稲荷神社の正一位はざらにあるが。
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庚申塚道標 《地図
正面右に「右 リウガサキ」(龍ヶ崎)・左に「フカワ」(布川)だろう。
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北用水樋門(明治24年完成) 《地図
新利根川まで行く。
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水門橋から新利根川(下流方向)
霞ヶ浦まで流れて行く。
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蛟蝄神社(奥の宮)
社名の由来」・「雨乞い絵馬
とね七福神」の大黒天
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立木貝塚(あたり一帯)・蛟蝄神社(門の宮)の神木の大イチョウ
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蛟蝄神社(門の宮)
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岩井城跡の北側あたりを通って円明寺に向かうが、かなり行き過ぎて
前回訪れた二宮神社近くまで行ってしまった。
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円明寺
「とね七福神」の布袋尊
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参道の石段を下り、南に新利根川、豊田南用水を渡り応順寺に向かう。
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羽中稲荷神社 《地図
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応順寺
右が八ツ房の梅か?
「とね七福神」の寿老人で、これで前回と合わせ七福神を巡った。
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亀趺墓
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布川の俳人古田月船の墓(右)の向かって左側面に、
「花守りが余所(よそ)の花見る月夜かな」
左の月船碑には、「咲梅のうしろに 不二の御顔哉」
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これで利根町散歩の予定は終わった。ひたすら南西方向に進み、
布川小学校の校庭沿いを通り、白山神社に寄り、利根川の栄橋を目指す。
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栄橋から利根川(下流方向)

坂道散歩

2019年3月15日

取手駅(JR常磐線)バス→早尾台東--天満宮--(県道4号)--二宮神社--県道4号--(新利根川)-(豊田南用水)--稲荷神社--風の公園--柳田記念公苑--布川神社-布川貝塚跡-布川町道路元標--来見寺--布川不動尊--赤松宗旦旧宅--(県道4号)--徳満寺-布川城跡-琴平(金刀比羅)神社--奉納相撲土俵(利根町役場)-稲荷社--栄橋(利根川)--布佐駅(JR成田線)

       【ル-ト地図

 龍ヶ崎市の南、利根川沿いの利根町を北から南に歩き、利根川を渡って布佐駅まで行く。
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早尾天満宮
とね七福神」の福禄寿。七福神巡りをするつもりはなかったが、
利根町散歩を終わって見ればすべてを参拝していた。(今日は4ヶ所)
一つ手前の早尾台バス停の南側に花輪台貝塚がある。
出土した土偶は、通称「花輪台のヴィーナス」だが、これがヴィーナスかね?
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(2019年4月21日撮影)
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二宮神社(由緒
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新利根川を渡る。 《地図
坂東太郎利根川に申しわけないような川だ。
ついで豊田南用水を渡り、稲荷神社から風の公園に出て一休み。
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柳田記念公苑説明板
利根町は柳田國男第二の故郷
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旧小川家
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小川家の氏神
柳田國男が少年の頃のエピソードがある。
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土蔵は資料館になっている。
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間引き絵馬(資料館内の絵馬の写真)
柳田國男は、この絵馬と「利根川図志」にふれたことが、
後に民俗学を志す原点になったという。
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布川神社
とね七福神」の恵比須
「神功皇后と武内宿祢絵馬」・「天岩戸絵馬
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布川貝塚あたり・布川町道路元標(左) 《地図
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来見寺赤門
徳川家康が鹿島神宮参詣の折、この寺に泊り、
寺名を来見と改め、門を赤く塗ることを許したとか。
赤色ははげているが残っている。
「総州六阿弥陀」の納経所、「とね七福神」の弁財天
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赤門の右側の一茶句碑「赤門やおめずおくせず時鳥」
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布川不動尊(妙法院) 《地図
木造不動明王坐像」・「木造大日如来坐像
堂の左前に「六阿弥陀第六番」の標石が立つ。「とね七福神」と同じで利根町に
あるなら巡拝しようと思ったが、後で調べたら「総州六阿弥陀」で
利根町にすべての寺があるわけではなかった。
ちなみに、『江戸六阿弥陀道』・『新六阿弥陀道』・『中川両岸新六阿弥陀道
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赤松宗旦旧宅(利根川図志の作者) 《地図
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徳満寺
「六阿弥陀第一番」標石(文政10年(1827))
本尊「木造地蔵菩薩立像」・「金銅板両界曼荼羅
とね七福神」の福禄寿
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客殿
本堂に「間引き絵馬」が掛かっている。
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布川城跡(徳満寺あたり一帯)の空堀、土塁跡?
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琴平神社「説明板
杉野嵩雲絵馬」・「布川河岸絵馬」・「搾油絵馬」・「杉野東山篆額
奉納相撲の賑わいを詠んだ小林一茶の句碑。(琴平神社境内)
「べったりと 人のなる木や 宮角力」 
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金刀比羅神社奉納相撲土俵(利根町役場の敷地内)
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布川城跡(利根川土手から)
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栄橋(利根川上流方向)を渡って千葉県に入り、布佐駅に向かった。

                                                    『坂道散歩






   

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